Mission

ニューヨーク日系人会は米国政府及び州、市公認の非営利団体(NPO)です。助け合って100年を合言葉に日本人・日系人の社会福祉、教育・文化の向上、日米親善に努めるとともに、コミュニティーのすべての年齢層のニーズにあった企画を展開して、コミュニティーの活性化に努めています。


JAA移転について今年の10月で現会館のリースが切れますので、理事の承認により下記住所に移転することが決まりました。新会館は現会館よりも広く、現在と同様の活動ができるスペースを備えています。詳細につきましては次号でお知らせします。今後ともご支援お願い申し上げます。

新会館住所: 49 West 45th Street, 11th Floor New York, NY 10036

スーザン大沼JAA会長
JAA移転
新コミュニティーセンターの誕生!


JAAは9月下旬に新会館へ移転します。5番街と6番街の間、ブックオフの上です。スペースは現在よりも大きく5000スクエアーあり、JAAホールは125人以上が収容可能、パーティションでより多くの企画ができます。写真をご覧ください。電話番号、ファックス、Eメールアドレスの変更はありません。新JAAコミュニティーセンターとして活動を広げて行きます。
JAA新会館住所:49 West 45th Street, 11th Floor New York, NY 10036

JAA イヤーエンド・ディナー
12月5日(金)


新JAAコミュニティーセンターのFund Raising Dinner として、今年のイヤーエンドディナーを12月5日(金)午後6時からハーバードクラブ(35 West 44th Street)で開催します。詳細は後日ご連絡いたします。恒例の年末ディナーは、会員の皆様にはJAA新会館で楽しめるように企画いたします。

9月15日(月曜日)ハワースゴルフ場 参加者募集中 詳細をご覧ください。

Make an Online Payment:


Japan Disaster Relief Efforts—How to Help:

While several weeks have passed since the tragic earthquake and tsunami hit Northeastern Japan, aftershocks and nuclear fallout from the Fukushima power plant continue to exert emotional and physical strain on the victims, rescue workers and nation as a whole. Their need for financial support during this rehabilitation and rebuilding process is as urgent as ever.

Please consider helping in the following way:

Donate Now: 100% of the proceeds will go to Japan Disaster Relief Click here to donate online.
  • Make a Check Donation: Payable to Japanese American Association of New York, Inc. (Mail to: Japanese American Association of New York, 49 West 45th Street, 11th Floor New York, NY 10036)
  • Call/email for more information: 212-840-6942 or info@jaany.org

DONATE TO TOHOKU SCHOLARSHIP

"JAA Special Tohoku Area Scholarship Fund" has been established to give a scholarship award to one or more students affected by the earthquake and its aftermath in the Tohoku Area.

If you wish to contribute to this special fund, please make a check payable to the Japanese American Association of New York, Inc. with memo line:Tohoku Scholarship and send it to our office, 15 West 44th Street, 11th Floor, New York, NY 10036

100% of your gift will go to the recipient(s) who will be selected at a later date.

東日本大震災救援基金

2013年も終わり、そして、3月11日大震災の3周年がやって来ます。この大震災の影響は被災地だけでなく日本全土に残っています。JAAと日米で東北の復興を支援している団体は米国内では、ジャパン・ソサエティー、Japan Center for International Exchange、米国医師会、Americares、そして、東北地域で復興活動を続けるピースボート、チャーチ・ワールド・サービス、絆ファウンデーションです。紙面を借りて、感謝の意を表したいと思います。

JAAは2014年に、ボビー・バレンタイン・オールスター・ツアーと銘打って米国東海岸地区から15歳の選手を集めた野球チームを日本に送り、宮城、岩手、福島のチームとの親善試合を計画しています。東北の子供達や家族に楽しく活気のある催しを届けたく思っています。

ニューヨークの日系人・日本人の仲間達が東北地区の復興を見守っていることを再度、ここに記しておきたく思います。安全で平和な2014年をお迎え下さい。

2013年12月吉日
会長 ゲーリー森脇

ボビー・バレンタイン監督とNYの少年野球チーム 被災地東北を訪問

ボビーバレンタイン監督率いる15歳を中心にした野球の大好きなアメリカの高校生14人が、8月1日から8月10日まで、被災地東北を訪問しました。

被災地の岩手県大船渡市で開催された日米野球交流プロジェクト「ボビーVと絆ベースボールキャンプ」として、地元少年野球チームとの親善野球大会や、漁港で漁師と一緒に働くボランティアも行いました。

8月7日には有名な夏の行事、仙台七夕まつりと花火大会にも参加し、日本文化に触れ、9日は仙台の東北楽天イーグルスのホーム球場コボスタジアムを訪問しました。

バレンタイン監督は、被災地を訪れ「決して忘れ去られていない」というメッセージと伝えることが、この旅の使命だと話していました。

この企画は、三菱UFJフィナンシャル・グループ、デルタ航空、グリニッジヴィレッジ少年野球協賛により、JAAと絆ファンデーションで企画しました。絆ファンデーションはJAA東日本救援基金が支援する団体です。三菱UFJファイナンシャル・グループの取締役福社長の田中正明氏、公式支援航空会社デルタ航空のスタッフ、ゲーリー森脇JAA名誉会長が参加しました。

東日本大震災から三年福島からの報告

桑名英一郎 JAA東日本大震災救援基金選考委員

今回、私はJAAの寄付を受け活動している「CWSジャパン」や「シャローム」等のNPO団体を訪問しました。放射線の影響を大人より多く受けてしまう福島の子供達の状況を知る為に、原発から40キロ圏内にある幼稚園を訪れました(写真)。園内にあるサテライト・アンテナ形の放射線測定器が見られます。地上1メートルの測定値は「毎時0.136」シーベルトと表示されています。日本では、この数値が「0.230」以下であれば許容量であるとされています。ところがこの地域でも放射線量が異常に高い「ホット・スポット」の存在が報告されています。測定器を持って「シャローム」の建物周辺を歩いてみました。驚く事に子供達の通園路や遊び場の近くに「0.650」以上の箇所が沢山ある事を発見しました。これらの測定値には多少の誤差があるにしろ、そのような心配の下で生活をする人々のストレス度は非常に高いものに違いありません。この土地の子供達を引率し、週末だけでも放射能の心配の無い他の県内で遊べるようにプランを立てる「シャローン」の活動を支援する事は重要です。写真のような水遊びは現況の福島では不可能です。皆様からのJAAへの寄付がこのような有意義な活動への大きなサポートとなっている事実を、感謝の念と共に、ここに御報告いたします。

東日本大震災から三年

今年2月22日、絆基金の北浜哲代表に同行し、岩手県内の都市を訪問しました。地域に密着して長期展望の支援をしている絆基金を通して、岩手県の小石浜、綾里や大船渡の復興活動にJAAは協力しています。北浜氏の提案で、地元の漁業関係者の事業再建に手を貸すことが出来ました。写真(右)は大船渡の地震で1メートルも下がった埠頭を元に戻す作業の様子です。今では漁船を繋ぐことが可能となりました。この地域の美しい風景(写真左)もご覧下さい。海産資源に恵まれたこの土地の復興にJAAが協力できることを嬉しく思いました。

宮城県人会からの依頼で、石巻市雄勝町の廃校を再建して子供の施設を作り、人口の流出を防ぎ、地域の雇用を生み出すプロジェクトに2500ドルの寄付をしました。

JAAは、ボビー・バレンタイン氏を監督として、今夏米国からの少年野球チームを東北に送り、交流試合を行なう予定です。とても有意義な行事となるでしょう。このプロジェクトへの寄付、ボランティアで働ける方々を求めていますので、JAAまでご連絡下さい。

この3月11日で、震災から3年、フェローシップ・フォー・ジャパン主催の追悼式典に、草賀純男大使、ジャパン・ソサエティー櫻井本篤理事長と参列しました。

今後も、この大震災を忘れることなく、長い支援をしていきたいと思っています。

ゲリー森脇JAA名誉会長

東北の被災地から「雛のつるし飾り」宮城県からサンディフック小学校へ


(左から)Dr. Abbey、Dr. Gejda、Dr. Reed、青柳芳克領事部長、
野田美知代JAA事務局長、加藤脩治JAA理事

東日本大震災の被災地である宮城県のボランテイアの方々が手作りした「雛のつるし飾り」を、JAAと領事館が仲介となり、2012年12月、乱射事件により28名の人命を失ったコネチカット州サンディフック小学校へ、2013年12月19日に寄贈しました。

ニュータウン・パブリックスクール・オフィス (サンディフック小学校はこの学区内です)の地区事務所で行われた贈呈式には、ニュータウン・パブリックスクールから、Dr. John R. Reed、Dr. Linda A. Gejda & Dr. David E. Abbey、領事館から青柳芳克領事部長、JAAから加藤脩治理事と野田美知代事務局長が参加しました。

今年8月、宮城県気仙沼など県内4箇所で開かれた手芸の「まっこまざぎ教室」(佐々木雅年・比呂美夫妻主催)の「復興を願う人・復興を応援する人・つるし飾りで一つにつながろう!」という呼びかけで集まった155人により制作された色鮮やかな伝統装飾工芸品です。

「哀しい事件に見舞われた小学校の子供達へ、せめてもの慰めになれば」そして「東日本大震災に対してのアメリカの支援への恩返し」という気持ちが込められた作品です。

これはハリケーンサンディがニューヨークに被害をもたらした際、JAAへ3万ドルの支援寄付を行った日本の医師石丸綾子先生(千葉県在住)からのメールにより始められたものです。

ゲーリー森脇JAA会長からの報告

ピースボート災害ボランティアセンター代表理事の山本隆氏が10月2日のJAA理事会に出席、石巻でのピースボートの活動をDVDで説明しました。

ピースボートは東北復興に向けて当会が支援している非営利団体の一つです。同団体で働く彼のお父さんと区別するために「ジュニア」というニックネームでよ ばれている山本氏とは、2011年5月に石巻市で初めて会いました。その際には日系人会理事伊藤リキさんと牧野容子さんも一緒でした。地震・津波に襲われ た二ヶ月後だったのでその被害の大きさには驚きを禁じ得ませんでした。ジュニアと仲間達は、被災者に温かい食事を配り、精神面でのサポートや瓦礫の撤去な どのボランティア活動を行っていました。多忙の中、私達の為に、その活動の視察の時間を設けてくれました。これが今日まで続く当会との支援協力関係の始ま りでした。

JAA理事会で山本氏は「いま ここ プロジェクト」についての説明をしました。青年層のボランティアが地域の水産加工の仕事を助け、自立的な経済復興を 促すというこの計画には、桑名栄一郎氏のご子息桑名清正君と浩行君兄弟が今年の7月参加しました。(www.jaany.org に彼らのレポートを記載しています。ご参照ください) 土木建設の作業に多くの労働力が取られ、地元水産業の人手不足が現在、問題となっているからです。このプロジェクトに今回、5万ドルの寄付をしました。今後もJAAは協力します。


(左から)ラマニJAA理事、JAA東日本救援基金選考委員の桑名氏、 松井氏、森脇JAA会長、加藤JAA理事、竹田JAA理事

この計画の進行具合は逐次、ここで報告していきたく思います。

震災支援に5万ドル
松井氏迎え贈呈式

JAAは、福島県で子供の放射線の影響を軽くするための放射線汚染地域外で学習と遊びを提供する特定非営利団体「シャローム」に5万ドルを寄付。

これは「被災地で生活する子どもたちを支援したい」という松井秀喜元NYヤンキース選手の意向により実現したもので、松井氏の名前で寄付いたしました。JAAで開催された贈呈式で松井氏は「みんなで助け合うことも学んで欲しい」と話していました。


ゲーリー森脇会長(左)に目録を手渡すグリメット氏

デルタ航空から1万5千ドル寄付
安心して遊べる環境願う

11月11日、米国航空会社大手のデルタ航空シニア・バイス・プレジデント・NYのゲイル・グリメット氏から15000ドルの寄付が、ゲーリー森脇会長に 手渡されました。東北の震災を忘れず、まだまだ被災地で必要な復興、被災者へのメンタルヘルスや、福島の原発被災地の子供たちが安心­して遊べる環境を支 援するために使ってほしいと、デルタ航空は話しています。

2012 – 2013 JAA 東日本大震災救援募金レポート (非表示/表示)

イマ、ココ プロジェクト

Hackley School 10th

進藤 晶

東日本大震災が起きた時、僕はニューヨークにいました。テレビで見た津波の押し寄せた後の被災地は 瓦礫だらけで以前人々が住んでいたとはとても思えませんでした。ニューヨーク市内で開かれた震災追悼式典では今年も被災地からビデオメッセージが届きました。僕はいつか震災後の人々の生活を自分の目で見てみたかったのです。 高校生の自分たちにどんなことができるか家族や現地校の友人と話し、そしてピースボート石巻「今ここプロジェクト」に参加しました。ボランティア作業の5日間、僕は貴重な経験を得ました。

宮城県石巻市に着き、僕と姉は渡波町で海苔漁師を営む阿部さんの手伝いをしました。 ピースボートセンターから阿部さんの家までの道のりで、完全に流された家や比較的軽い被害を受けて修復した家もありました。 お世話になる阿部家に着き、目の前に海がひろがる様子を見て驚きました。直ぐには理解できませんでしたが水辺にも関わらず三階立ての立派な阿部さんの家が建っていました。やはり全壊し建て直し、今は親子3世代7人が一緒に住んでいました。 初日の夕食のときに海苔作業の一年間の流れを説明してくれました。我が家はたくさん海苔を食べますが あらためて海苔が季節ごとにどのように作られるか、どれだけ大変な作業なのかを教わりました。

次の日から作業がはじまりました。午前中、昼休憩後もひたすら網洗いでした。僕は海苔を作るのに網を使うことさえも知りませんでしたがこの網を洗い、また秋に種付けをして海苔ができるんです。阿部さんの海苔は「石巻一番摘み」で非常に柔らかく貴重な海苔です。「自分で三代目、おいしいと笑顔で食べてくれる人たちに最高の海苔を届けたい」海苔漁師の心意気を感じました。

阿部家のみなさん、また訪問した福貴浦の仮設住宅の皆さんが優しく接してくれ、予定よりも長く残り作業の手伝いをしたいと思いました。自分がまだ高校生であったからか被災地で出会った人たちから、震災時の生々しい体験を聞くことは殆どありませんでした。それぞれが現在の状況で一生懸命に明るくたくましく生活していました。来年の夏もボランティアに参加し復興支援に携わりたいと思います。

イマ、ココ プロジェクト

Hackley School 11th

進藤 りさ

東北大震災の後、ニューヨークの現地校で行った支援募金活動に続き、被災地の一つである石巻市でのボランティア活動が現実となった。ピースボート「イマ、ココ プロジェクト」に参加し、海苔漁師の家族のもと収穫前の網洗いの作業が私たちの分担でした。五日間の作業日のなか、思い出深い場面のひとつは石巻市福貴浦の仮設住宅で暮らす方々を訪問したことです。その日は朝から雨が降っていたので漁師さんとの作業が中止になってしまい、福貴浦の人々と交流する機会を得ました。仮設住宅のラウンジに着くと、日常テレビを見ながら、編み物をしたりお話をしているおばあちゃんとおじいちゃんたちが、温かく迎え入れてくれました。持ってきたお弁当を食べながら、ピースボードのスタッフの方がそこに訪れた理由を説明してくれていると、弟と私はある異変に気付きました。おじいちゃんとおばあちゃんの言っていることの8割ぐらいが理解できないのです。海苔漁師さんが暮らす渡波町からくねくねした山道を30分ドライブしただけで、これほど訛りが強くなり、言葉が違うことに驚きました。文章の区切りが「ちゃ」で終わったり、1人のおばあちゃんが何かを言うと、他のみなさんが「んだ、んだ」と頷いたり、おじいちゃんおばあちゃんの話す姿を見ているだけでもとても心温かく感じました。福貴浦の皆さんに会って何か役に立てればと思い訪問したのに、逆にアメリカに住む私たちに興味を持って下さり、色々なことを質問され、アメリカの暮らしについて説明する私たちの話を、とても優しい目で一生懸命に聞いてくれました。その他にもおばあちゃんの手作りの梅酢の試飲を勧められ、初めて口にする梅酢はかなり酸っぱかったけれども、おいしくいただきました。震災前の日々の環境に比べて、窮屈な仮設住宅での暮らしの中でも、共に語り合い、支え合っている生活を目にして、このような状況の中でも、食べ物と住む場所と話し合える仲間がいることを何よりも有り難く思える皆さんの心広い、たくましい姿に感動しました。

私は海苔漁師のおかみさんが言った言葉をよく覚えています。「石巻の人はたくさんのお金を貰って、たくさんの物を貰った。私たちの望み以上に貰ったのはとてもありがたく思っている。けれども、今一番被災者にとって嬉しいのはボランティアの人や、来観者が、こうして地元の人々と交流してくれることだ。私たち漁師とでも、仮設住宅のばあちゃんたちとでも、ある時間を一緒に過ごして石巻での暮らしを見学したり体験して、その人たちが「石巻っていいな。また石巻に来たいな。」と思ってくれるのがとても嬉しい。」

今回のプロジェクトは1週間と短かったけれども、震災の被害の大きさを知り、復興にむけての海苔漁師さんの生活の様子を学びました。また石巻市の人々がわたし達高校生のボランティアをまるで帰郷した港育ちの娘のように受け入れてくれたことをうれしく思いました。この貴重な経験はたくさんの人に自ら伝えて行きたいと思うと同時に、出来るだけ多くのわたし達年代の若者にも是非体験してほしいと願います。お世話になった海苔漁師のご家族、復貴浦の皆さんの元気な姿を見に近い将来またイマ・ココプロジェクトに参加します!

Thank you letter from Florence/New York Fukushima Kenjin-kai

Dear Mr.Gary Moriwaki, Dr.Kamal Ramani, Ms.Susan Onuma, Mr.David Hiromura, and Mr.Katsuo Takeda-

Thank you for your recent generous donation of USD 50,000 to NPO Florence that runs two indoor parks in Fukushima prefecture-. I just heard their happy voice from Japan yesterday.

Fukushima prefecture is my hometown and my families and many friends still live there having many difficult problems resulting from the nuclear accident. The situation has not been greatly improved yet even after more than 2 years have passed. Especially, how to deal with radioactivity in their daily life has been one of the major issues.

JAA's commitment to helping children and their families who have been living under such a tough circumstance is surely appreciated by those who help them, and most importantly, by those who benefit from two indoor parks--- children in Fukushima prefecture.

Thank you again for you and all JAA' members who kindly gave us a chance to introduce NPO Florence. The path we all will be proceeding is a long long way, but I'm sure your generous contribution encourages NPO Florence and the people who work hard to improve the living and playing environment for kids in Fukushima.

We will also keep dedicating ourselves to support the people in Fukushima remotely, here living in New York.

With gratitude,

Sayoko Fujita
Kayoko Ogawa

New York Fukushima Kenjin-Kai
ニューヨーク福島県人会

桑名英一郎氏の報告

2013年7月13日(土)に岩手県大船渡市郊外、住民3900人の港町、綾里で魚港再開の記念式典が開催されました。皆さんから寄付されたJAA東日本大震災救援基金から送られた10万ドルの募金が、2011年3月11日の大震災そして津波で壊滅したこの港の修復に大きく役立ったのです。 大震災・津波で破壊された250の港の内、これまでに再建された2港の内の1つとして地元の方々と我々の日本国内でのパートナーである北浜哲氏運営の「絆ファウンデーション」との献身的な努力が実り、開港できました。JAANYはこの成果に協力できたことを大変誇りに思っています。

時が経つに連れて私達は津波の被害の深刻さを忘れてしまいがちです。掲載の写真をご覧下さい。津波に襲われた数時間で300人の漁師と数千人の住民の生活を支えていた漁港施設が壊滅してしまったのです。

前回の報告にも書きましたが、経済的な自立体制の確立をめざした復興基金の運用が被災地域の全ての住民の為に必要です。日本政府は多くの復興予算を組んでいますが、何らかの事情で沿岸地域への援助は十分ではありません。「絆ファウンデーション」は複雑な官僚組織を通じた政府の援助基金の申請の困難さに直面しながら、地元の漁業関係者を支援しています。JAANYなどの個人や団体からの義捐金を基に続けてきた綾里と絆ファンデーションの活動は真摯で、地元に密着した援助活動であるとして、現在、政府関係者に認められるように成りました。

皆様からの漁港再建への寄付は、あまりにも多くの案件の乱立するこの地域で何を優先的に行なうかの決定に重要なものでした。港の再開工事は今年の2月に始まりました。(写真)多くの有志の方々による復興への支援活動の成果として先週の式典が行なわれました。北浜氏が神道に則した祝詞を上げ、小石浜伝統の踊りが舞われ、五穀豊穣を祈って神への献上物が捧げられました。この踊りは700年前から小石浜に伝わるものです。

皆様の寄付は、被災地域の人達に希望と明日への力を湧き立たせる大きな原動力となっています。皆様のご支援に深く感謝すると同時に、継続したご支援をお願い致します。

ありがとうございました。

Eiich Kuwana

For previous updates, please visit: go-japan.milifedev.org Help Save Japan: www.jaany.org


イマ、ココ プロジェクト

七月十五日から十九日までボランティアとして兄(清正)と一緒に石巻市に行きました。被災を受けた東北地方にはまだ行った事がなかったので、二年間でどれだけ復興していたか、夏休みの僕たちは、自分の目で見たかったのです。瓦礫はほとんど特定の場所に集められ、昔、町と村があった所はある程度表面的には戻った気がしました。僕たちは、宮城県にある谷川という“村”で仮設住宅に住み、ホヤの養殖の準備作業を手伝いました。

谷川で色々面白い経験をしました。僕たちのメンターである漁師の渥美政雄さんは優しく質問に答えてくれて、色々手助けしてもらいました。おかげで、渥美さん達の日常生活を大いに体験できました。谷川に着いた翌日、午前三時半に起きて四時には魚を収穫するのを見学して、九時に生のホヤとホタテ貝を食べさせてもらいました。この地域の方々が優しく接してくれて、漁師さんとの交流ができ、色々な意味で良い体験になりました。仮設住宅での生活は想像していた程には悪くなかったけれど、未だに完全なこの地域の復興は程遠いとわかりました。是非また戻ってボランティアをして、東北の復興に貢献したいです!

桑名 浩行
Hiroyuki Kuwana
High School Student in USA

ゲーリー森脇JAA会長からの報告

東日本大震災から二年

今年の3月26日、森脇会長は、被災地救援において、JAAと密接な関係にある「ピースボート」の有志と共に石巻市とその周辺地区を訪問しました。

風光明媚な山々や森、津波をもたらした海は、今ではとても澄んで優しい景色と成っていました。今年は豊かな牡蠣の収穫(成熟まで2年かかります)が望めそうです。

石巻市の中心部は整地され、瓦礫は撤去されていました。けれど海岸地区は瓦礫は整理されているものの,未だに沢山の空き地や閉じたままの商店や利用客の少ない店などがあるばかりです。とても閑散とした町並みでした。ここを訪れるたびに「この地域の将来」を楽観的に考えるべきか、悲観的に見るかを自問してしまいます。けれどもNGO団体の皆さんは「凧揚げと同じです。逆風に向かっているから凧が空を舞うのです。」と前向きで意気揚々と活動を続けています。

復興の遅さへの不満から憂鬱感を増す住民や自殺の増加などの悲観的な側面が非公式に報告されています。道路や鉄道などの基幹事業の復興の遅れや間違った方法や不適当な改築、「町の空洞化」が問題となっています。

石巻市の隣に位置する女川町は2011年3月10日には11000人が住んでいました。2012年には7000人、現在は5000人にまで人口が減少しています。原子力発電所で働く人の多かったこの町の復興は困難が予想されます。石巻市ですら人口は15万人から12万人以下に減り、現在も毎月、1000人の人々が町を離れて行きます。他の土地に移住した労働意欲の有る若い層が、再びここに戻ってくる可能性は低いと思われます。加えて震災後の「建築(というより解体作業が主な仕事でしたが)ブーム」も終焉を迎えています。

希望の兆候、明るい話題もたくさんあります。漫画博物館が営業を始めました。牡蠣と海苔の工場が再開や新設されています。今回、社長の阿部さんがNGO団体の協力を得て経営する海苔の工場を訪問しました。ピースボートは、WWOOF(Worldwide Opportunities on Organic Farms)を参考にして、一週間に20-25人のボランティアが、牡蠣や海苔の養殖や製造の方々と一緒に働くようプログラムしています。ボランティア達は漁業関係者と密な関係を保ち、彼らやその友人等が、将来的な顧客層となることが期待されています。インターネットやソーシャルメディアの利用も顕著です。沿岸に接する山々の杉などの針葉樹をボランティアの手で伐採し、緑葉樹に植え替える計画も検討されています。牡蠣の養殖のために、秋になって舞い散る緑葉樹の枯葉が栄養分を海に届ける、というアイデアです。切られた針葉樹は燃料にされます。

復興へのたくさんの希望はあります!このように現地への訪問を続ける事で私達のように海外にも支援と手助けを厭わない仲間が存在する事実を東北の皆さんに伝えたく思うのです。

Gary S. Moriwaki

President

東日本大震災救援基金 遅れる復興、心のケアーを

ゲーリー森脇会長からの報告

9月16日、宮城県内を視察しました。新幹線で仙台に到着、街は活気に包まれていましたが、バスで海岸線の石巻、女川に行きますと、多くの瓦礫が残り復興がまだまだ進んでいない状態でした。JAAが寄付したピース・ボートの代表者とAmericares (本部はコネティカット州スタンフォード)のスタッフに会いました。
 彼らの説明では、石巻は震災前は人口15万人でしたが、現在は12万人で、毎月1000人が街から流出しているそうです。
 女川は、人口12500人でしたが、原子力発電所が閉鎖され、多くの従業員が町を離れて、現在は7500人にまで減り、早急に町の復興を行なわないと、ゴーストタウン化してしまう状態だと話していました。
 東京では、JET /Japan Platform とBeyond Tomorrow の代表に会いました。すべての人々が復興事業の遅延に焦燥を感じていますが、復興事業への期待と希望は持ち続けています。
 JAAも復興事業をしているNPO団体と会い、効果的な対策はないかを模索しながら、継続的な東北支援をしていきたいと思っております。
 10月1日、モーガン・スタンレイと三菱UFJファイナンシアルグループの支援を受け、「First Inaugural JAA Japan Rising Golf Tournament」をモンテクレアー・ゴルフクラブで開催、20万ドルのファンドレイズが出来ました。多くの企業、個人の皆様が被災地の復興を支援しています。
 ニューヨーク総領事館、ニューヨーク日本商工会議所、日本クラブ、日本人医師会、ライオンズクラブ、Americares、US-Japan Council、JAJA、JACL や多くの団体と一致協力して、東北の人々に、われわれが被災された人々のことを忘れてはいない事を伝えたく思います。


遅々として進まぬ復旧作業

大船渡市の戸田公明市長と職員

岩崎雄亮副会長・NY岩手県会の会長からの報告

 10月2日から21日まで、岩手県の震災被災地視察訪問が大きな目的でした。今回は15年ぶりの日本でした。
 今でも被災地支援のイベントがいろいろ開催されていますが、時間と共に支援のニーズも大きく変わってきているものと思い、本当に被災地の皆さんが望んでいる支援をしているのかどうか、自分の目で確かめて来ました。
 宮古、大槌、釜石、陸前高田、大船渡などを訪問、被災地は何処も想像を絶する悲惨な状況でした。それでも被災地の方々は一生懸命頑張っています。復旧は殆ど進んでいません。まだ、被災した大きな建物があちこちに残っています。ガレキは数箇所に集積していますが、全体の処理率は27%程度と言うことでした。
 また、被災地の大半の地盤が沈下し、海面より低くなっており、満潮時の水が引かずに残っています。ところどころ、地下から水が湧いていました。沈下全域に盛り土をするそうですが、広大すぎて何時になる事やら…と、こぼしていました。
 ガレキ処理、土盛り、防波堤建築が完成して初めて町造りが始まる訳ですが、全く先行きが見えてこないと言ってました。
 若い人達も、だんだんと希望を失ってきているようです。復旧事業が迅速になると、被災地にも仕事が増え、失業されている多くの方に収入源ができ、生活も安定してくると思います。
 今回の被災地訪問では、復興支援内容、復興計画など、行政と市民の間に大きなギャップが感じられました。
 現在でもNYではいろいろな支援活動がされていますが、支援内容は、被災地の皆さんが望んでいる支援と多少差異が生じてきているように思われます。
 現在、最も必要とされているのは、「心のケアー」です。それに活気付けです。被災地の多く方から、「憩いの場所」が欲しいという声も沢山聞きました。
 また、大船渡の市長さんは、学生達を支援してもらい、海外に出し、外国を見てもらいたい、今後の町造りに参加してもらいたいと言っていました。

 被災地の皆様には心よりお見舞い申し上げ、犠牲者のご冥福を祈りつ、一日も早い復興を望んで止みません。

東日本大震災救援基金 幅広い支援の継続を

東北から招いた大学生10名とダイナソール・バーベニューで

ゲーリー森脇会長からの報告

JAAニュースで報告の通り、大沼名誉会長、桑名英一郎氏と私はこれまでに、東北を訪れました。宮城県最大の都市、仙台市は経済バブル現象が起きているようです。しかし第2の都市石巻市や陸前高田市、大船渡や女川などの沿岸部は復興から程遠い状態でした。今までにJAAから義捐金を寄付したジョイセフ(JOICFP Japanese Organization for International Corporation in Family Planning www.joicfp.or.jp)やピースボート(Church World Service's partner www.cwsasiapacific.org) から現在までの活動報告を受けました。これらの団体は子供から高齢者まで幅広い層を対象に日々の支援活動を続け、成果を出しています。各ホームページをご覧下さい。(JAA事務局にも報告書は保管されています) この度、JAAは「絆ファンデーション」への寄付を決めました。そして、現在「Beyond Tomorrow」から支援要請が来ていますので検討中です。また、JAAでは東北でのメンタル・ヘルスを支援する団体と調整中です。

震災から18ヶ月、JAAは地域の経済復興や、学生の教育とリーダーの育成を使命とする団体への支援を目指しています。その中で、北濱哲代表を中心とする絆ファンデーションは、東北地区の漁業を包括して、漁業の再興と将来性のある新産業化へと進めています。彼らは、ボビー・バレンタイン監督がプレゼントした草野球チーム「レッド・ソックスチーム」がある大船渡の野球場や運動場の再建にも携わっています。JAAの募金活動の良き協力者であるボビー・バレンタイン、レッド・ソックス監督も賛同者の一人です。
JAAは再興に向けて努力している方々への支援を惜しみません。2011年6月に結成されたNPO団体「Beyond Tomorrow」は、被災した学生への奨学金制度や将来のリーダー育成の教育を目的にしています。JAAはUS Japan Council(USJC) と協力して、高校・大学生の米国への留学の為の奨学金への支援を検討しています。近い将来、このグループのリーダーと面接して、さらに検討を重ねて行く予定です。
この夏、USJCと共同で、東北の大学生10名を招待し、ニューオーリンズやボストン、首都ワシントン、ニューヨーク各地の大学への訪問を実施しています。

JAAでは長期的支援をする目的で、モーガンスタンリーと東京三菱UFJ銀行の支援を受け、「第一回東日本大震災救援基金のためのゴルフ大会」を10月1日(月曜日)モンテクレアー・カウントリー・クラブで開催いたします。詳細は以下をご参照下さい。
www.regmadeeasy.com/btmu/jaa/japan-rising-golf-tournament

東日本大震災救援基金 最大限の手段で支援続ける from JAA News 5/6/2012

妊産婦支援をしているジョイセフ:JOICFP(Japanese Organization for International Corporation in Family Planning)から、支援を受けた母親達からお礼のお手紙が、JAAに届けられました。被災後すぐに出産したお子様の写真も添えられていました。
JOICFPには基金から12万5000ドルを寄付しました。
詳細はwww.joicfp.or.jp

ファンドレイズ・ゴルフ大会10月1日(月)に

JAA東日本大震災救援基金委員会は5月にミーティングを開き、今後の募金活動と支援内容について話し合いました。
JAAでは長期的支援をする目的で、モーガンスタンリーと東京三菱UFJ銀行の支援を受け、東日本大震災救援基金のためのゴルフ大会を10月1日(月曜日)にモンテクレアー・カントリー・クラブで開催いたします。
ゲーリー森脇会長は、「仙台市など都市部での復興は著しいが、沿岸部の復興は程遠い状態です。津波は、ワシントンDCからボストン間の距離の沿岸部を破壊。多くの被災地の人々は、仮設住宅での生活を今尚強いられ、若者は仕事を探すために被災地を離れるなど、家族や仕事の喪失で、一時的なうつと無気力感に襲われている方もいます。JAA は、東北地域の被災地の復興に携わる長期的なパートナーとしてのNPO、NGO団体と提携し、ニューヨークや米国内の団体と協力して、最大限の手段で、東北経済の復興、開発奨励、指導者の育成、、教育交流の活性化、岩手、宮城、福島県民の独立促進を継続して支援していく為のファンドレイジングゴルフ大会を開催します」と説明をしています。
支援内容はより具体的に、学校の運動場の修復、子供の奨学金、メンタルヘルス支援などが挙げられています。委員が被災地を訪問し、検討を進めています。

NY宮城県人会から義援金

ニューヨーク宮城県人会から5月11日、4回目の寄付金3586ドル20セントが佐々木健二郎会長から届けられました。県人会からは今まで総額9万2954ドル63セントが寄付され、JAAは9万8136ドル63セントを宮城県生活支援基金へ送金しました。
宮城県のウエブサイト
http://www.pref.miyagi.jp/syahuku/miyagi_gienkin_haibun
をご覧下さい。

桑名英一郎氏から被災地現状の報告5/31/2012

この5月末に陸前高田、大船(小石浜)と仙台を訪問しました。2月の訪問時は、雪で覆われていましたが、今回は被災地の進展状況がはっきりと見てとれました。写真でご紹介します。 詳細は英語ページをご覧下さい。

まだ残る廃材と沿岸部の様子。行政の区画整理が決まらず建設が進まない状態は経済の復興支援への影響も出ている。
「絆基金」で帆立貝の養殖を再開した小石川の漁師のみなさんと桑名さん(後列中央)

桑名英一郎氏からの報告

桑名英一郎氏からの報告(写真)

大雪の降る2月26日、JAAの代表団が昨年の3月11日の地震と津波による震災で壊滅的な打撃を受けた陸前高田と大船渡を訪問しました。 1年間に渡る復旧の進展具合、とりわけ経済的な側面での復興状況を知るための視察でした。崩壊した建物(写真1:陸前高田のアパート、津波は4階までの高さにおよびベランダの手すりは5階にしか残っていません。写真2:震災前は2万5千人の人口があった陸前高田の中心街は荒野の様)

漁村の人々が投資銀行家であった人をリーダーとする非営利団体と一緒になって仕事や収入での復興にあたっている姿を見ることができたのは感動的でした。

震災以前に小石浜の漁村はその画期的な手法によるホタテ貝の養殖での名声を得ていました。その美味な製品には高値がつき、高級品としての地位を築いていました。さらに他の漁村と違う点は、若い村人(平均年齢36歳)が年長者と共に働き21世紀を見据えた漁法を確立させていく方向へのリーダーシップを取っている点です。(写真3:若きリーダーの一人(左から2人目)とJAA代表団)

地震は小石浜の港を80Cm陥没させました。満潮時には波止場すれすれにまで海水が来てしまい船舶の停泊が困難になりました(写真4)。津波によりホタテ貝養殖場の90%の漁船、作業施設が破壊されました。JAA代表団は地元の人々との懇談会を持ち、2012年内での養殖復帰を目指しての支援協力方法を話し合いました。

この復旧への作業は2011年3月10日の時点に戻るという目的より、さらに前進させた、若い人々の牽引により次の何世代にも渡って活力のある生産力を地元に構築するという大きな目標設定となっています。この小石浜の計画が実現すれば、他の被害地区の経済復旧への良いモデルとなり、復興への更なる勇気を与えるものだと考えられます。JAAが、この計画への一助となることが出来れば実に幸いに思います。

皆様の御協力、御支援に感謝致します。

Eiich KuwanaHelp Save Japan: www.jaany.org


~ 東日本大震災から一年、それぞれの支援活動 ~

東日本大震災から一年、追悼および復興を願って、多くの催しが開催されました。JAAは多くの団体に協賛して追悼式典に参加しました。 スーザン大沼JAA名誉会長は、日本の外務省の招待で日系人リーダーの一人として3月12日、日本での追悼式典に参加、東北を視察しました。詳細は、英語のページをご覧下さい。
3月10日、NY市内の教会で約1100人が参加して追悼式典「Together for 3/11」が開催。廣木重之大使が犠牲者への追悼と米国からの復興支援への感謝を述べ、全員で一分間の黙祷をしました。病院の屋上で、被災者と共に救出を待った菅野武医師や、被災地宮城県名取市荒川洋平議員、福島県相馬市みなと保育園園児からの明るいメッセージが寄せられました。カマル・ラマニ先生(JAA理事)が、震災直後に行った南三陸町での医療支援活動について話し、櫻井本篤ジャパン・ソサエティ理事長からは義捐金の報告がありました。JAAからは、ゲーリー森脇会長ら多数が参列しました。
11日には東北6県と北海道で作る県人会「ほくほく会」主催の合同追悼式典や、ワシントン広場の教会で日米ライオンズ・クラブ主催の追悼式典「憶念」が開催されました。
ジャパン・ソサエティでは終日イベント「震災から1年」が開催され、被災児童のアート展示会、メッセージボードの設置、津波ドキュメント映画の上映、講演会などが行われました。
高校生ピアニスト、河野凌君 JAAでは11日、「プレイバック・シアター東日本大震災一周年:穏やかな窓辺にあこがれて あのとき、あれから」の公演。18日にはファンド・レイジング・コンサート「Heart for Japan」を行ないました。16歳の高校生ピアニスト河野凌君が、福島県相馬市で働く兄から被災地の現状を聞き、心を動かされてこのコンサートを企画しました。凌君の恩師であるピアニストのスティーブン・グラフ(Steven Graff)、ヴァイオリニストのスティーブン・ジンシャイン(Steven Zynszajn)、ソプラノ歌手のシェリー・ザノス(Sherry Zannoth)らの共感を得て、『フィガロの結婚』『カルメン』『蝶々夫人』などのオペラ、モーツアルト、ブラームス、ショパン等の作品を演奏。聴衆は、クラシック音楽を十分に堪能しました。当日の収益金1500ドルはJAA Japan Disaster Relief Fund に入金されました。
桜寄贈百年の記念行事「ジャパンウイーク」の一環として、「ダイン・アウト・フォー・ジャパン」が3月7日から11日まで、ニューヨークの日本食レストラン37社が参加、開催されました。 収益金の一部は今年もJAA東日本大震災救援基金に寄付されました。現在までに1万7852ドル2セントの寄付寄せられました。 参加レストランの酒蔵や炉辺焼き、蕎麦屋などを経営するTICグループの八木秀峰社長から、震災救援基金に5000ドル、JAAに2500ドル の寄付がありました。
会員の桑名由美さんの甥で スタンフォードのキング高校のCMera君が、東日本大震災について学校で報告しました。大震災は米国内の高校生にとっても大きな出来事でした。 高校生が見た大震災です。http://youtu.be/SdpqFtjutboをご覧下さい。

被災地から高校生10人が訪問 被災体験を語る

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3月28日夜、被災地(陸前高田、気仙沼、南相馬、仙台、郡山、岩城)の高校生10人がJAAを訪問しました。JAA会員、県人会、ライオンズクラブの皆さん60人が暖かく迎え、励ましました。学生たちはビデオや絵を使って、被災経験を話してくれました。彼らは春休みを利用して、米国で日本語を教える教師会「北東日本語教師会(NECT)」(会長・津田和男)の企画で来米。NY地区の5校でホームステイをし、米国の学生との交流会を行なっていました。

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2011 JAA 東日本大震災救援募金レポート (非表示/表示)

JAA Japan Disaster Relief

The people of Tohoku are still suffering from the combined tsunami, earthquake and nuclear plant disasters. To date, JAA has raised approximately $1 million in donations from individuals and corporations. Especially touching are the donations from school groups, including the Anime Club at Francis Lewis High School, which sold metal buttons that they had created with motifs from their favorite Anime scenes, in order to raise funds for students in the affected region. The group mentioned that they have learned valuable lifetime lessons through their efforts.


JAA東日本大震災救援基金

ニューヨーク日系人会では現在までに100万ドルの寄付が集まりました。特に、小、中、高校生がクッキングセールやアニメのボタンを作成して販売したり、ジャズコンサートして義捐金を集めて、JAAへ送ってきました。JAAでは児童生徒の教育支援をしている非営利団体への寄付を考えていました。

そのような活動をしていり3団体から活動報告書と支援請願書がJAAに届いており、それを元に、8月15日JAA東日本大震災救援基金委員会を開き総額35万ドルの送り先を下記の通り決めました。

  • 1 JOICFP (Japanese Organization for International Cooperation in Family Planning) ジョイセフへ$125,000被災地東北の助産師と提携して、被災した産婦の資金援助、物資から精神面での支援活動 www.joicfp.or.jp
  • 2 PEACE BOATへ $125,000
    被災地石巻市の復興支援
       www.peaceboat.org
  • 3 NPO次代の創造工房へ $100,000
       被災地の児童生徒の教育支援“東北心拓塾”プログラムwww.jidai.or.jp
  • 福島レスキュー基金に$100,000, NY宮城県人会の寄付を宮城県被災者生活支援基金$91,535.90, NBC Dine Out Japan Relief を米国赤十字社に$60,000, 国境無き医師団に$25,000送りました。福島レスキュー支援は第一原発事故の撤去作業に必要との事で4月7日に送金しました。

    皆様のご寄付 総額$626,535.90が被災地に届きました。

    今度高齢者支援、メンタルヘルス支援を行なっている非営利団体に寄付金をお送りする予定です。

JAA東日本大震災救援基金に関して経済復興支援が急務
[ゲーリー森脇会長からの報告]

Attended a fundraiser to raise funds for Tohoku area kids to enable them to have a travel abroad respite.

11月28日と29日に再度、東北を訪れました。ボビー・バレンタイン氏が企画した、被災地の子供の為のチャリティ・イベントに参加して、彼と共に仙台に向かい、東北大学病院を訪問し、Americaresのスタッフ、病院の医師や関係者と有意義な意見交換をしました。12月に入り、私は桑名英一、由美夫妻等と国会議員、Peace Boat、ETIC, All Hand (ヘンリータナカ)、JEN やJapan Platform 等の被災地復興に携わっている団体の方と話し合いの場を持ちました。

震災地では経済復興のみならず、特に、地震、津波、被爆での仮設住宅や転居での高齢者や子供、失業者の精神的・身体的影響が心配されていました。

JAAは東日本大震災の1周年にあたる2012年の3月11日にむけ、義捐金募集などの行事を通して、被災地への支援活動を続けていきます。

12月22日、JAA 東日本大震災救援基金実行委員会を開き、今後の寄付先などについて話し合います。JAA に東北大学病院と宮城県から、Americaresを通しての医療支援物資を送ったことへの感謝状が届きました。

JAA東日本大震災救援基金100万ドル超える

国連国際学校の生徒たち
国連国際学校の生徒たち

前回のニュースレター後、JAA東日本大震災救援基金への寄付として、届けられたものをご案内いたします。  国連国際学校(UNIS)が 3月28日に開催した日本文化体験イベント「第16回ジャパンデー・フォー・ステューデント:春祭り」で行われたくじ引きでの収益金1000ドルが10月16日、津田和男先生から届けられました。9月10日、市内祭りレストランで開催された「希望:a Sake Tasting for Japan Disaster Recovery」で、主催者ワイン・オブ・ジャパン・インポート武田光雅社長から4700ドル、生け花インターナショナル(ロジャー田村波津枝会長)から3500ドル、Greenville Elementary Schoolから2227ドル、楽碁会(山内秀揮代表)から1050ドル等の寄付が届きました。有難うございました。

JAAには現在までに 100万ドル以上の寄付が集まりました。今後の寄付先につきましては、寄付希望の申請に従いJAA東日本大震災救援基金委員会で話し合っていきます。

ロジャー田村波津枝会長(右)とスーザン大沼JAA名誉会長
ロジャー田村波津枝会長(右)とスーザン大沼JAA名誉会長

 NY岩手県人会の岩崎雄亮会長から「世界遺産に登録された『平泉』へお越し下さい。それが、復興へと繋がります」と支援を呼びかけています。日本へお帰りの際はぜひご訪問下さい。

[ゲーリー森脇会長からの報告]

Dr. Takano

 今回で2回目となる被災地訪問、大震災後6ヶ月の9月30日 ピース・ボートとチャーチ・ワールド・サービスの案内で石巻市を訪問しました。  JAA東日本大震災基金からの12万5000ドルの贈呈式を行い、その後、ピース・ボート事務所がある商業地域から沿岸部を訪問しました。  商業地域は5月の訪問より道路は整理され、商店は真新しい看板をかけて、商売を始めていますが、まだまだお客は、そこでボランティアをしている人々より少ないお店もありました。海岸沿いでは、ある所は100フィートを越す破壊物が積みあがり、ブルドーザーがそれを高く高く積み上げていました。住宅地や商店は手付かずの状態で、住民は仮設住宅で生活していました。しかし、希望の光はあり、1905年創業の魚加工業の高橋商店などは、再開の準備をしていました。高橋商店の工場は、4階建てのビルディングを乗り越えた津波の影響で、機械は20センチの強烈な悪臭と有害物質を含んだヘドロに浸かり、壊滅状態。それを、ピース・ボートのボランティアの人々が、3月17日からクリーンアップに取り掛かってくれました。その真剣な仕事ぶりが地域の人々に受け入れられ、精神的・社会的サポートを通して、震災時はすべてを投げ出してしまおうと思った高橋商店社長を「もう一度お店を開店しよう」という気持ちにさせました。開店は10月1日、75人いた従業員のうち、20人と一緒に開業。嬉しいことは、震災で東京に行っていたご子息も加わったことでした。
 私は、高橋氏がピース・ボートのボランティアに、涙で感謝の言葉を述べているのを目のあたりにしました。荒廃と再生、地域の風習や関心事への共通認識と敬意、復興と希望、個人と市民団体との協力、経済的支援と雇用促進すべてが、この高橋商店の話にはあります。

東京は以前と変らず、エレベーターも正常に動き、街中の電気は明るく、活気に溢れていました。いくつかのNPO、NGOを訪問しました。  JAA東日本大震災基金から12万5000ドルを寄付しました「ジョイセフ/JOICFP (Japanese Organization for International Cooperation in Family Planning)」で、寄付の贈呈式を行ないました。石井澄江マネージング・ディレクターから、被災地の妊産婦支援の現状説明を受けました。 (1)被災妊産婦の分散で把握が難しい (2)妊産婦のメンタルヘルス支援の必要性 (3)放射線の心配 (4)JOICFPのウェブサイト更新、などが上げられました。そしてJAAの基金から10万ドルを寄付しました「次代の創造工房/JSK」でも贈呈式を行ないました。主宰者の相沢さんは、被災地の50から100人の生徒達に気分転換をしてもらうために、米国訪問を企画中であると話していました。

インターンやフェローを東北に送り、新しいビジネスの地盤づくりと被災地を離れている若者に、被災地での新ビジネスの立ち上げ支援をしているETIC(Entrepreneurial Training for Innovative Communities, www.etic.or.jp) の3人の若いリーダーと彼らの活動について話し合ってきました。また、同じような支援をしている米国マサチューセッツ州を基盤とするNPO 「ALL HANDS」のアジア担当のヘンリー・タナカ氏と話す機会がありました。彼らの目的は現地復興であり、大船渡に漁港を再建して、漁船造船への経済的支援や魚加工工場の再建などを進めています。JAAは支援依頼を受けました。

参考までにピース・ボートの詳細は下記のウエブサイトをご覧下さい。
http://peaceboat.jp/relief/news/mid-term-report

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We  are providing information on a new project called Genki Notes. This joint project organized by the U.S.-Japan Council, Emerson College and the Japan Foundation Center for Global Partnership aims to bring a moment of happiness to those affected by the earthquake and tsunami in Japan. We are asking schools across America to write "Genki Notes," which are fun, colorful and creative letters to Japan.  We would greatly appreciate it if you could pass along this opportunity to the educators in your network. Help bring Genki Notes into an elementary, middle or high school near you by downloading the informational flyer and step-by-step instructions.  Please visit www.USJapanCouncil.org
Genki Notes